日本百名山 夫婦で登頂達成 〜すべての始まりは丹沢の鹿〜

はじめまして。本ブログの管理人を務めます、金野 充と申します。
このブログは、私の義父・西牧 忠彦と義母・菊江が、夫婦二人三脚で成し遂げた「日本百名山」全山登頂の記録です。

10年という歳月をかけ、時に厳しく、時に優しく迎えてくれる大自然と向き合いながら歩んだ二人の軌跡。
その原点には、義父が私に語ってくれた、ある日の神々しい光景がありました。

まずは、義父自身が書き残した「百名山挑戦のきっかけ」の手記から、この物語を始めたいと思います。


定年退職(H9/8)をしたら、これまでの「企業人間」をピタリとやめて1〜2年はゆっくりしようなどと漠然と考えていて、特に今後の目的などは持っていなかった。
その頃、私達は横浜に住んでいた。3〜4年前から妻はその友人関係の付合いで、地元のバス会社が募集する「バスハイク」を楽しんでおり、小生も時々それに付き合うことがあった。時には遠出もあったが、ほとんどは横浜からの土・日曜日の「日帰り登山」である。年齢も性別も職業も生活環境も異なる人たちが、登山の汗を麓の温泉で流し、ビールで乾杯などなかなか楽しいものであった。

そのひとつに、早春の鍋割山(丹沢山塊)登山があった。残雪の霧の中に出現したブナの新緑、鹿の群れなどが浮かびあがって、その幻想的な景色に大きな感動を覚えた。
それで目覚めたのか気が付いたのか、とても新鮮な気持ちになった。もともとアウトドアスポーツは好きであったが、若い頃から40年以上も親しんできたサッカー(選手・コーチ・審判員など)以上に魅力を感じた。

丁度その頃テレビが、「深田久弥の日本百名山」を放映していて大変人気があった。バスハイク仲間の中高年者たちの中でも、これが当然大きな話題になっていた。私は、

これだ!! と思った。

試みに、この時点で「登頂済みの日本百名山」をカウントしてみたら9座(富士山・早池峰・筑波山・霧ヶ峰・八ケ岳・大菩薩嶺・天城山・赤城山・白山)あって、たまたまこれらは全部夫婦で登っていた。
あと91座である。

妻に相談した。嬉しいことに一も二も無く賛成してくれたので、最高のスタートがきることができることとなった。そして前述のような経験もあり、夫婦での山行が常になっていたので、私の当面の目標は
「夫婦で日本百名山の登頂」と決めたのである。


私が義父からこの時の話を聞いた際、最も印象に残ったのが、丹沢での鹿との出会いでした。

当初、義父はすべてのツアーに参加していたわけではなく、ある時、義母だけが参加する予定だった登山ツアーに一名欠員が生じ、急遽ドタ参加で登ったのが、この丹沢だったそうです。

夕日に照らされた遠くの山頂に、不意に鹿が現れ、そのシルエットが神々しいものだった――。
自然や生命の偉大さを感じる体験だったと感慨深く語ってくれた義父の言葉を聞き、私の頭の中にも同じ情景が鮮やかに浮かびました。
「その感動体験をしたい」、それが山に登るきっかけだったのです。

「これを形として残すことができればよいのだけれど」
私がそう願った想いが、今こうしてブログという形で実現しようとしています。

孫たちをはじめ、親族や友人たちへ。
夫婦で歩んだ10年の軌跡と、百の頂で得た百の喜びの物語を、ここにお届けします。

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