平成15年(2003年)10月末から11月初旬にかけての、全国に20座を超える駒ヶ岳の最高峰・甲斐駒ヶ岳の記録です。西牧家にとって、この時期は特別な意味を持っていました。翌月の12月21日には、次女様の三男である「将吾くん」が誕生することになります。この甲斐駒ヶ岳への山行は、将吾くんの誕生に最も近い時期に行われた百名山への挑戦であり、新たな命の誕生を心待ちにするご家族の温かい喜びが背景に感じられる、記念すべき88座目です。
ツアーでの参加となった今回は、林道の道路崩壊によるルート変更というハプニングから始まりました。しかし、時間調整のために立ち寄った高遠城址公園での早朝散策が、見事な紅葉とともに気持ちの良いスタートを演出してくれます。さらに、仙水峠までの足場の悪い道を前日に下見しておくという入念な準備が、翌朝のヘッドランプを頼りにした暗闇での歩行を安全なものにするなど、ベテランならではの的確な行動が光っています。
登頂日は終日見事な晴天に恵まれました。山頂からは、南アルプスのほとんどの山々や八ヶ岳、中央アルプス、そして先週登ったばかりの鳳凰山(地蔵岳のオベリスク)まで見渡せる絶景が広がり、「正に至福の時を過した」と記されています。道中では雷鳥やニホンカモシカにも遭遇し、今回から導入した小生(お義父様)のデジタルカメラとこれまでのフィルムカメラの「2本立て」で、その素晴らしい景色や動物たちをしっかりと写真に収められたことでしょう。
下山後は高遠温泉の「さくらの湯」で汗を流したものの、昼食のタイミングが遅れて諏訪湖SAまでお預けになり「かなり空腹だった」というツアーならではの苦労も。それでも「今年最後の山行は最高なものとなった」と締めくくられており、将吾くんの誕生という吉報を待つご家族の明るい空気に包まれた、素晴らしい遠征録です。
77 甲斐駒ヶ岳 (2967m) 山梨・長野
全国に20座を超える駒ガ岳の最高峰。山名はその昔、天津連駒(あまつはやこま)という羽のある白馬が、夜この山の上で眠ったという伝説、聖徳太子が馬に乗ってこの山を往復した伝説などに由来。北沢峠から双児山をへて4時間。
(※欄外メモ:2967 – 2030 = 937)
登山適期:①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩⑪⑫(※7〜10が選択)
■ 山行データ
- 日時: 2003 H15年 10月 31日(金) 〜 11月 2日(日) 晴
- メンバー: ツアー (茨交ツーリスト)、(リーダー川又氏)
- コース:
11/1: 高遠城址公園(散策)(8:00〜9:00) ー 南アルプス林道 ー 北沢峠(10:00) … 仙水小屋(11:00) … 仙水峠(13:00) … 小屋(16:10)
11/2: 小屋(6:30) … 仙水峠(8:40〜9:10) … 駒津峰(10:40) … 頂上(11:45) … 駒津峰(12:35) … 双児山(14:30〜15:20) … 北沢峠 ー 高遠温泉(さくらの湯) ー 諏訪湖SA ー 日立(24:00)
■ 山行日記
- 広河原からの入山が道路崩壊のため高遠側から入山することになった。(時間合わせか)高遠公園の早朝散策は紅葉もきれいで、気持の良いものだった。南アルプス林道を走り(地元のバス)、北沢峠から仙水小屋へ。
- 仙水峠までの足場の悪い登山道を前日足慣らしとして下見をしたのは正解であった(早朝ヘッドランプ頼りの歩きのため)。
- 終日晴天に恵まれて、今年最後の山行は最高なものとなった。頂上からのパノラマは、南アルプスのほとんどの山々、八ヶ岳、中央アルプス等が眺望され正に至福の時を過した。
- 途中、雷鳥にも逢えた(双児山からの下山時)。又、南アルプス林道でニホンカモシカにも逢えた。
- 帰路、高遠温泉のさくらの湯で入浴した。昼食が遅れに遅れて諏訪湖SAまで待たされたのは、かなり空腹だった。(15:00)
- この山から小生もデジタルカメラが登場して、普通のカメラと2本立てとなった。
- 先週(10/24〜26)登った地蔵岳(オベリスク)が近くに見えていた。
登頂 88 座目
(※欄外メモ1:H15/10 148,055)
(※欄外メモ2:アルバムNo 182, 183.)
