日本百名山– category –
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日本百名山
【第10章】蔵王山:定年後の初陣、月山撤退から一転して吹雪の猛洗礼
定年退職から2ヶ月後の平成9年(1997年)10月。いよいよ「残り91座」に向けた本格的な挑戦が始まりました。 しかし、その初陣は自然の厳しさを思い知らされる過酷なものとなります。前日(10月10日)に挑んだ「月山」では強風雨に見舞われ、ザックカバーを... -
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【第9章】白山:41年のサラリーマン生活に終止符、定年翌日のアタック
平成9年(1997年)8月21日。義父が41年間勤め上げた会社を定年退職した、まさにその「翌日」の記録です。プロローグで語られていた「これまでに夫婦で登頂していた9座」の、これが最後の1座となります。退職前1ヶ月間の連日の送別会で「酒びたり」だったと... -
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【第8章】赤城山:定年退職まであと2ヶ月、新緑とツツジの尾根道
平成9年(1997年)6月。義父の定年退職をわずか2ヶ月後に控えた初夏の記録です。全山が新緑に包まれる気持ちの良い季節。この日はご近所の酒井夫妻を誘っての山行となり、見事なレンゲツツジの群生を楽しみながら歩いた様子が記されています。この登山がき... -
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【第7章】天城山:定年退職の直前、樹林のトンネルとヒメシャラの森へ
平成9年(1997年)5月、義父が41年間勤め上げた会社を定年退職する、わずか3ヶ月前の記録です。伊豆半島の最高峰である天城山へ向かった二人。期待していた富士山や伊豆七島の絶景は、生い茂る樹林に阻まれて見えませんでしたが、代わりに満開のシャクナゲ... -
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【第6章】大菩薩嶺:山仲間の誘いと、展望なき山頂への驚き
初孫の誠が誕生した平成8年(1996年)の秋の記録です。霧ヶ峰や八ヶ岳のバスツアーを通じて親しくなった山仲間、富樫氏夫妻からのお誘いを受けてのグループ山行。登山にタクシーを利用するという初めての経験や、百名山の山頂が必ずしも絶景ではないという... -
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【第5章】八ケ岳:本格登山の幕開けと、360度のパノラマ
初孫の誠が誕生した平成8年(1996年)、霧ヶ峰からわずか1ヶ月後の8月末の記録です。この八ヶ岳登山のために、義父は丹沢などでトレーニングを重ねていました。総勢40名という大きなツアーでの本格的な山行。装備はまだ「貧弱だった」と振り返りつつも、快... -
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【第4章】霧ヶ峰:初孫誕生の夏、平服で歩いた車山高原
平成8年(1996年)3月1日、初孫の誠が誕生し、家族が喜びに沸いた年。その年の夏、義父と義母は霧ヶ峰へ向かいました。まだ百名山制覇の意識はなく、キャラバンシューズに平服という軽装での参加でしたが、のちに深い付き合いとなる山仲間(富樫夫妻)との... -
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【第3章】筑波山:平服で遭遇した春の大雪と、のちの修練の地
初孫の誠が誕生する約1年前、平成7年(1995年)春の記録です。この頃はまだ「日本百名山」という壮大な目標を持っておらず、若い頃にも登ったことのある地元の名山へ、軽いハイキング気分で参加した義父と義母。しかし、そこで思わぬ「春の大雪」に見舞わ... -
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【第2章】早池峰:百名山を意識する前の初々しい記録
初孫の誠が誕生する2年前の平成6年(1994年)夏。義父と義母がまだ「日本百名山」の全山登頂を意識する前の初々しい記録です。登山用具もポンチョしか持っていなかった義父が、山の洗礼を受け、今後の登山のあり方を学ぶ大きな転機となった様子が記されて... -
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【第1章】富士山:すべての原点となったそれぞれの山頂
私たち家族が「夫婦で日本百名山」の記録をたどる旅は、昭和の時代までさかのぼります。初孫の誠が誕生する10年以上も前のこと。義父は昭和59年(1984年)にサッカー部の合宿で、義母は昭和62年(1987年)に会社の行事で、それぞれ別々に富士山頂に立って...